古典文法入門 五十音表について

古典の勉強

今回の話題は五十音表

みなさん今日は。今晩は。

今回は、みなさんご存じの五十音表の話をします。「えっ、そんな簡単なところからやるの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、馬鹿にしないで読んでみて下さい。

早速ですが、歴史的仮名遣いの勉強で用いる五十音表はこれです。

五十音表1

ご覧の通りで、実は中学校1年生の教科書には既に登場しているはずのこの歴史的仮名遣い対応の五十音表は、小学校で習うものとほとんど変わりがありません

にもかかわらず、なぜか高校国語の古典の勉強においても、学習が五十音表からスタートすることが多いです。なぜでしょうか。

ポイントになるのはア行とヤ行とワ行です。

ア行は現代仮名遣いと何も変わりません。問題はヤ行とワ行です。さてさて、上の物とほとんど同じで少しだけ違う、こういう表を見たことがある方が結構おられると思います。

五十音表2

まずヤ行のイ段とエ段が、ア行とまるっきり一緒なので空白にされています。

また、あくまでも現代仮名遣いにおいてはア行と共通する部分の多いワ行に至っては、イ段・ウ段・エ段をゴソッと半ば暴力的に省略し、なおかつワ行とは親戚でもなんでもない「ん」という孤独な文字を五十音表の長方形のレイアウト内に収めるためだけに、あろうことか乱暴に「を」をウ段に移動させてしまっています。本当の姿は見る影もありません。実はこの表は、主に子供が見るためのものにもかかわらず、そういうバイオレンスを密かに内包しているのです。

最初の「表1」との違いはそれだけです。が、古典学習の視点で見ると、「表2」はいろいろと問題の多い表であります。

さてさて、たとえば、ウ段に書いてあるだけであくまでも実際にはワ行のオ段は「を」であるということ。これは、分かっている人には当たり前すぎるぐらいに当たり前だと思います。

ところがです。わたしは何十年も高校生に古典を教える仕事をしてきたのですが、ワ行のウ段が「を」であると認識している高校生は今までに信じられないぐらい沢山いました。少なくとも100人以上はいたのです。

「だって五十音表に『わ・を・ん』」って書いてあるじゃん! 昔そう習ったもん! それが違うなら、あの表なんなの?! 小学校で教えていることって嘘なの?!」という台詞を、わたしは人生の中で何度耳にしたことでしょう。

少し脱線

さて、余談ですが、嘘のような本当のエピソードが1つあるのでここで話したいと思います。

以前授業で「現代仮名遣いと歴史的仮名遣いの五十音表はほとんど同じです。違いは2つだけ。1つはヤ行にも「い」と「え」が入ること。もう1つは、ワ行のイ段とエ段はそれぞれ「ゐ」と「ゑ」であること。もしかすると定期考査に五十音表を埋めなさいという問題が出るかもしれません。高校のテストで五十音表なんて、サービス問題のようなものでしょう! 絶対に間違えてはいけませんよ!」という話をしました。

ところがです。いざテストを迎えてみると、こちらとしては本当にサービス問題のつもりだった五十音表を全て正しく書けた人は、何らかの不正解箇所がある人よりもずっとずっと少なかったのです。

どうやら古典が苦手な人は、どこまでも苦手意識を持っており、勝手に問題を難しく捉えてしまうようなのです。かつての若き採点者のわたしは、実に様々な不正解のバリエーションを知らされることとなりました。

まず、何割かの人はア行やヤ行に「ゐ」や「ゑ」を採用してしまいました。「あゐうゑお」とか「やゐゆゑよ」と答えてしまったということです。それなのに逆にワ行だけは「わいうえを」と「ゐ」「ゑ」を採用しないという強者もいました。

高校のテストでア行を問われて答えが「あいうえお」のはずがない、と深読みしすぎてしまったのでしょうか。

また頑なに、幼き日々の記憶に従順に「や・ゆ・よ」「わ・を・ん」と答えて不正解になる永遠のジャンピング主義者の方々も一定数存在しました。

しかし、それらの答えには、まだわたしは驚きませんでした。

当時のわたしを驚愕させたのは、ワ行を「わゐをゑん」と解答した生徒が、正解の生徒よりもたくさんいたことでした。

わたしは「わゐをゑん」という謎の呪文が、いったいどこからどうやってどのように生まれてきた言葉なのか、最初は皆目見当がつきませんでした。

少し考えてようやくわかりました。彼らは記憶に焼き付けられた永遠のフレーズ「わ・を・ん」のちょうど空いているイ段とエ段に、授業で習ったとおりに「ゐ」と「ゑ」をねじ込んでいたのです。教科書に普通に「わゐうゑを」と書いてあるのを何度も読んだのにです。かくしてこの明治か大正時代あたりにあった動物園か植物園の施設名のような謎の呪文「わゐをゑん」が誕生したのであります。

この通称「わゐをゑん」事件は、若き日のわたしの心に、苦い思い出として深く深く刻み込まれました。たとえ高校の授業でも、五十音表を馬鹿にしてはいけない。わたしがそう胸に誓ったのはそのときなのです。

本題に戻って、これだけしかない「まとめ」

少しだけ脱線してしまいました。話を戻してまとめますと、難しくないのでこれだけ覚えてくださいということです。

ア行・・・あいうえお
ヤ行・・・やいゆえよ
ワ行・・・わゐうゑを

いくつかの補足説明

なお、楷書において「ゐ」は、「ぬ」のように最後のクルッと回した後が出ないように覚えておいた方がいいと思います。また「ゑ」の方は活字の場合はフォントによって下半分の形がマチマチなのですが、基本的に学生時代に受験するテストの大半は楷書で答える原則になっておりますので、下の図のように山を2つ作って最後に左にはねるように覚えておくといいと思います。

また、現代仮名遣いでは使用しない、歴史的仮名遣いのときだけ登場する文字は今のたったの2文字だけなのですが、古典ジャンルの1つ、漢文の学習のときにはカタカナも大いに登場しますので、「ゐ」と「ゑ」のカタカナバージョンもしっかりと覚えておきましょう。「ゐ」は「ヰ」、「ゑ」は「ヱ」です。

五十音図という知識は高校国語で何に使うのか

ここで、どうして五十音表をしっかり覚えておくことが古典学習において大事なのかについて、ほんの少しだけ話しておきます。

例えば「あの日のことを悔ている」という文があるとします。ここで突然問題なのですが、この文が文語文法&歴史的仮名遣いで書かれている場合アンダーラインマーカー部分の「悔いて」の「い」の部分はいったい何行でしょうか。次の3つの中から選んで下さい。

①ア行 ②ヤ行 ③ワ行

ここまでの文章をきちんと読んできた方なら、正解は分からなくても、消去法的に1つの選択肢を不正解として消すことができると思います。

さてどうでしょう。絶対に不正解なのはどれですか?

絶対に違うのは③のワ行です。なぜならワ行は「わゐうゑを」なので、「い」という文字などどこにも存在しないからです。

「い」と「え」はア行とヤ行にしかない。「う」はア行とワ行にしかない。そして、別記事で詳しく触れることになりますが、ア行で活用する動詞は全部で3つしか存在しない。という3つの常識的知識を総合しながら、例えば文章の中のある文字が何行なのか識別しなければならないような瞬間が、古典を学習していると幾度も訪れます。その識別に必要だから、五十音のア行・ヤ行・ワ行はあやふやにせずにしっかりと覚えておかなければならないのです。

なお、先ほどの問題の正解は②のヤ行です。ただし、今の段階では絶対にワ行だけは違うということが分かればOKです。

どうしても「なぜア行ではなくヤ行なのかの説明がほしい」という方のために簡単にいうと、ア行で活用する動詞は全ての動詞の中で「得」「心得」「所得」という3つの下二段活用の動詞(とその複合動詞)しかないからです。ワ行にはそもそも「い」という文字がない、ア行は今書いた3つの動詞のどれでもない場合は違う、ということで消去法的にヤ行しかないということになります。

「下二段活用」とか出てきて急に意味不明になった!と感じた方は、今の話はいったん忘れて下さい。また別の記事でゆっくりやりましょう。

いろは歌

すべての仮名を重複せずに一度ずつ用いた「いろは歌」という七十五調の韻文も、覚えられる人はここで合わせて覚えておくとよいでしょう。中学生の時に暗唱させられたという方もおられるかもしれません。これも国語常識の領域といっていいと思います。

いろはにほへと
ちりぬるを
わかよたれそ
つねならむ
うゐのおくやま
けふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす

意味は、究極的にいうと、よくわからないとされているようです。ですので解釈についてはここでは省略します。

この有名な「いろは歌」にはいろいろな話題がありますが、わたしは「忠臣蔵」の題で過去に何度もドラマ化された赤穂四十七士のいわゆる赤穂事件の話と「いろは歌」が実はつながっているという有名な話題が結構好きです。

そもそも今の若い人は、「忠臣蔵」と聞いても「なにそれ?」という感じで話を知らない方も多いかも知れませんが、昔は年末になると毎年のように「忠臣蔵」という時代劇がテレビで放送されていました。話を本当に簡単にかいつまんで書くと、江戸時代に赤穂藩という藩の藩主、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)こと浅野長矩(ながのり)という人がいまして、この人が吉良上野介(きらこうずけのすけ)という幕府の家臣を刃で切り付けたという出来事がありまして、浅野は切腹に処せられたのですが、当時は「喧嘩両成敗」という処分の原則があったらしく、それなのに浅野だけ切腹で吉良は処分無しという、なぜかルールと異なる謎お裁きだったため、結果を不服に思った浅野の家臣、大石内蔵助以下47人が討ち入りに向かい、なんやかんやで結果仇討ち成功、最後は四十七士が全員・・・だったかどうかは忘れましたが切腹した、というような話です。

で、この「忠臣蔵」のお話ですが、たまに「忠臣いろは軍記」とか「仮名手本忠臣蔵」とか、そんな感じに呼ばれることがあります。なぜ「いろは」とか「仮名」とかを付けて語られることがあるのでしょう

これは、いろは歌が四十七文字、赤穂浪士も四十七士ということで、赤穂浪士をいろは四十七文字になぞらえたことによるもののようです。

ですが話はこれだけでは終わりません。いろは歌を先ほどのように五七調ではなく、意味の切れ目を無視してとにかくひたすら7文字目で折り返してみると、あるメッセージが現れるというのです。

いろはにほへ
ちりぬるをわ
よたれそつね
らむうゐのお
やまけふこえ
あさきゆめみ
ゑひもせ

この最後の文字をつなげた「とかなくてしす」を適当に濁点を補いながら読むと「咎無くて死す」となります。「咎」は「罪」という意味。つまりこの「いろは歌」には「罪が無いのに死ぬのだ」というメッセージが隠されているのだ、というんですね。数字の47の一致にプラスして、このメッセージまでもが「忠臣蔵」の物語とウマいこと響き合うので、なんだか「いろは歌」と「忠臣蔵」をつなげて話したくなっちゃう人が世の中に結構いるみたいです。面白い話だと思います。

この項はだいぶ余談が多くなってしまいましたが、「いろは歌」ぐらいは常識として、それこそ古典勉強の「いろは」の「い」のつもりで暗記して欲しいと思います。

それでは今回はここで終わります。

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