復刊新装版、飯田有子「林檎貫通式」

書肆侃侃房は「しょしかんかんぼう」と読むらしい。出版社の名前である。この少し尖った名前の出版社が〈現代短歌クラシックス〉というシリーズ名で、現代短歌の重要な歌集を復刊、新装版として刊行していくらしい。

そのシリーズの第一弾として刊行されるのが飯田有子の「林檎貫通式」で、出版予定日は2020年7月25日であるらしい。

さて、飯田の歌で最も有名なものの1つとして次の一首を挙げることはおそらく間違いではないであろう。

たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔

ものすごい破調。意味不明性の強度も高い。確かにそうは言えるだろう。しかしである。

今から何年も前、何人もの人々が、この歌をもって、我々ドシロートを「飯田有子? ああ、五七五七七になっていない意味分からん歌を作る人ね」という納得の中に閉じこめようとした。そして幾人かの者は、まんまと鵜呑みにした。

しかし、一番いけないのは例えばその「破調で意味不明」というイメージを手に握って子供のように振りかざし、飯田有子をわかったつもりになってしまうことだ。確かにその方が楽だし、物知りげに何か物を言った気になれるのだが、そういう短歌との接し方はあまりにも貧しいと個人的には思う。

女子だけが集められた日パラシュート部隊のように膝を抱えて

たとえばこの歌なんかは、句またがりはしているが字余りもないきれいな五七五七七だし、意味も普通にわかる。実際にただ歌集を開きさえすれば、飯田にこういう歌があることが誰にでも容易にわかる。まあ、この歌も有名なのだが。

一人の作家を一つのイメージに落とし込んであたかも分かったつもりになること。このことがある程度頭の中でカチカチに固まってしまうと、いくつもの例外が目に入らなくなる。多くのきらきらしたものが、知らぬ間に指と指の間からこぼれ落ちてしまう。これは、端的に言って、もったいないことだ。

1回全てを取っ払って、頭を真っ白にして飯田有子と向き合うのに、今回のこの出版はちょうどいい機会になるような気がする。最初に元の歌集が刊行されて以後の新作「宇宙服とポシェット」135首も収録されるそうなので、とりあえずわたしはポチることとする。

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